梶田隆章さんがノーベル賞受賞。ノーベル街道ゆかりの科学者は5人に! [科学]
東京大学宇宙船研究所長の梶田隆章さんがノーベル物理学賞を受賞しました。
梶田隆章さんの自宅の近くを通るのが、国道41号線。
富山県富山市と愛知県名古屋市を結ぶ、南北に走る国道です。
この国道41号のうち、富山県富山市から岐阜県高山市までのおよそ90キロメートルの区間は、
通称「ノーベル街道」と呼ばれています。
一体どうして、富山から岐阜までの間が「ノーベル街道」なのでしょうか。
実はこの「ノーベル街道」と呼ばれている区間の近辺は、どういうわけか日本人ノーベル賞受賞者に縁があるのです。
過去に4人の日本人ノーベル賞受賞者が縁を持ち、さらに今年の物理学賞受賞者、梶田隆章さんで5人目となりました。
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1人目は、1987年にノーベル医学・生理学賞を受賞した、利根川進さんです。
生物の体内で病原体を排除する働きを持つ「抗体」が、
遺伝子の働きでどのように作られるかを解明しました。
利根川さんは、小学校1年生から中学校1年生までの間を、ノーベル街道のそばの
富山県大沢野町(現・富山市)で暮らしました。
2人目は、2000年にノーベル化学賞を受賞した、白川英樹さん。
電気を通すプラスチックの研究を行い、開発しました。
白川さんが発明した電気を通すプラスチックは、現在では携帯電話やタッチパネルなどで
無くてはならないものとして使用されています。
その白川さん、小学校から高校までをノーベル街道が走る岐阜県高山市で過ごしています。
3人目は、2002年のノーベル物理学賞受賞者、小柴昌俊さん。
小柴さんは宇宙を構成する最小の粒子の1つ、ニュートリノの検出に世界ではじめて成功し、
その性質を解析しました。
そして、そのニュートリノの検出に使用した装置「カミオカンデ」は、
ノーベル街道近くの岐阜県神岡町にあります。
また、小柴さん自身も、小学校3年生から高校3年生までの間、岐阜県高山市で暮らしています。
4人目は、小柴さんと同じく2002年にノーベル化学賞を受賞した、田中耕一さん。
生物の体を構成しているタンパク質、これをイオン化することに成功しました。
これによってタンパク質の性質を調査することが容易になり、病気の新しい治療方法の考案や、
新薬の開発に大きな助けになります。
田中さんは、生まれてから高校3年までを、富山県富山市で過ごしています。
そして5人目、今年2015年のノーベル物理学賞受賞者、梶田隆章さん。
ノーベル街道近く、岐阜県神岡町の「スーパーカミオカンデ」で研究を行い、
ニュートリノに質量があることを明らかにしました。
冒頭で紹介しました通り、梶田さんはご自宅がノーベル街道の近くにあります。
富山~高山の90キロは、いくら日本の国土が広くないと言っても、
国内ではほんの一部の区域に過ぎません。
しかも、決して人口が多くもありません。
それでも、この狭い区域に日本人ノーベル賞受賞が5人も集まるとは、非常に不思議です。
やはり、何かあるのでしょうか?
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梶田隆章さんの自宅の近くを通るのが、国道41号線。
富山県富山市と愛知県名古屋市を結ぶ、南北に走る国道です。
この国道41号のうち、富山県富山市から岐阜県高山市までのおよそ90キロメートルの区間は、
通称「ノーベル街道」と呼ばれています。
一体どうして、富山から岐阜までの間が「ノーベル街道」なのでしょうか。
実はこの「ノーベル街道」と呼ばれている区間の近辺は、どういうわけか日本人ノーベル賞受賞者に縁があるのです。
過去に4人の日本人ノーベル賞受賞者が縁を持ち、さらに今年の物理学賞受賞者、梶田隆章さんで5人目となりました。
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1人目は、1987年にノーベル医学・生理学賞を受賞した、利根川進さんです。
生物の体内で病原体を排除する働きを持つ「抗体」が、
遺伝子の働きでどのように作られるかを解明しました。
利根川さんは、小学校1年生から中学校1年生までの間を、ノーベル街道のそばの
富山県大沢野町(現・富山市)で暮らしました。
2人目は、2000年にノーベル化学賞を受賞した、白川英樹さん。
電気を通すプラスチックの研究を行い、開発しました。
白川さんが発明した電気を通すプラスチックは、現在では携帯電話やタッチパネルなどで
無くてはならないものとして使用されています。
その白川さん、小学校から高校までをノーベル街道が走る岐阜県高山市で過ごしています。
3人目は、2002年のノーベル物理学賞受賞者、小柴昌俊さん。
小柴さんは宇宙を構成する最小の粒子の1つ、ニュートリノの検出に世界ではじめて成功し、
その性質を解析しました。
そして、そのニュートリノの検出に使用した装置「カミオカンデ」は、
ノーベル街道近くの岐阜県神岡町にあります。
また、小柴さん自身も、小学校3年生から高校3年生までの間、岐阜県高山市で暮らしています。
4人目は、小柴さんと同じく2002年にノーベル化学賞を受賞した、田中耕一さん。
生物の体を構成しているタンパク質、これをイオン化することに成功しました。
これによってタンパク質の性質を調査することが容易になり、病気の新しい治療方法の考案や、
新薬の開発に大きな助けになります。
田中さんは、生まれてから高校3年までを、富山県富山市で過ごしています。
そして5人目、今年2015年のノーベル物理学賞受賞者、梶田隆章さん。
ノーベル街道近く、岐阜県神岡町の「スーパーカミオカンデ」で研究を行い、
ニュートリノに質量があることを明らかにしました。
冒頭で紹介しました通り、梶田さんはご自宅がノーベル街道の近くにあります。
富山~高山の90キロは、いくら日本の国土が広くないと言っても、
国内ではほんの一部の区域に過ぎません。
しかも、決して人口が多くもありません。
それでも、この狭い区域に日本人ノーベル賞受賞が5人も集まるとは、非常に不思議です。
やはり、何かあるのでしょうか?
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タグ:ノーベル賞 ノーベル街道
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