2015年ノーベル賞候補!本庶佑博士ってどんな人? [科学]
2015年のノーベル賞の発表が迫っています。
昨年は日本から3名がノーベル物理学賞を受賞して、大きな話題となりました。
さて、今年も日本人のノーベル賞受賞者が現れるのでしょうか?
日本科学未来館では、毎年この時期になるとノーベル賞受賞者の予想が行われています。
そして、その中には日本人の名前も含まれています。
その中の一人、本庶佑博士について、調べてみました。
■本庶佑(ほんじょ・たすく)
1942年1月27日生まれ
(http://www.kobe-np.co.jp/news/iryou/201506/img/d_08110073.jpg)
研究内容は「免疫制御分子の発見とがん治療への応用」で、生理学・医学部門での受賞が予想されています。
人の体には免疫機能という、病原菌など体の害となるものを排除する仕組みがあります。
がんも排除対象となるのですが、がん細胞はこの免疫からの攻撃を逃れることがあるそうです。
免疫機能には、健康な細胞まで攻撃しないように、ブレーキをかける仕組みがあるといいます。
そして、がん細胞はこの仕組みを利用して、免疫からの攻撃を逃れているのだそうです。
この、ブレーキの仕組みを解明したのが、本庶博士の功績。
ブレーキ機能をうまく調整する薬をつくれば、人間本来の免疫機能を利用して、がんを治療できるようになるといいます!
受賞となれば、アメリカのジェームズ・アリソン博士との共同受賞となりそうです。
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1942年に京都市で生まれた本庶博士は、父親の仕事の都合で、幼いころは山口県宇部市で育ったそうです。
小学生のころは、授業中、先生の話を聞かずに自分で教科書を読んで勉強して、宿題もその場で終わらせてしまっていたとか。
真面目なのか不真面目なのかよくわかりませんね。
好奇心のかたまりのようなこどもで、ラジオの分解や読書など、面白いと思ったことは何でもやっていたそうです。
天体望遠鏡で見た土星のリングに感動して、天文学者を志したこともあったと言います。
中学校に上がると、どんどん成果が出ることで、勉強がますます面白くなっていきました。
また、このころから高校卒業まで、ハワイ帰りの日系人の方から英語を習っていたそうです。
お医者さんだったお父さんが、将来必ず必要になるから、と勧めたのだとか。
先見の明があるお父さんだったのですね。
本庶博士もこのときに勉強をしていたことで、英語の心配をしなくてもよかったことは大変ありがたかったと言います。
医学の道に進んだのは、伝記で読んだ野口英世に惹かれたから。
野口英世のように、多くの人を助けられると思っての事だったと言います。
研究の成果は、きっとその願い通り沢山の人を救う道になるのでしょうね。
さて、ノーベル賞受賞の報は、本庶博士のもとに届くのでしょうか?
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昨年は日本から3名がノーベル物理学賞を受賞して、大きな話題となりました。
さて、今年も日本人のノーベル賞受賞者が現れるのでしょうか?
日本科学未来館では、毎年この時期になるとノーベル賞受賞者の予想が行われています。
そして、その中には日本人の名前も含まれています。
その中の一人、本庶佑博士について、調べてみました。
■本庶佑(ほんじょ・たすく)
1942年1月27日生まれ
(http://www.kobe-np.co.jp/news/iryou/201506/img/d_08110073.jpg)
研究内容は「免疫制御分子の発見とがん治療への応用」で、生理学・医学部門での受賞が予想されています。
人の体には免疫機能という、病原菌など体の害となるものを排除する仕組みがあります。
がんも排除対象となるのですが、がん細胞はこの免疫からの攻撃を逃れることがあるそうです。
免疫機能には、健康な細胞まで攻撃しないように、ブレーキをかける仕組みがあるといいます。
そして、がん細胞はこの仕組みを利用して、免疫からの攻撃を逃れているのだそうです。
この、ブレーキの仕組みを解明したのが、本庶博士の功績。
ブレーキ機能をうまく調整する薬をつくれば、人間本来の免疫機能を利用して、がんを治療できるようになるといいます!
受賞となれば、アメリカのジェームズ・アリソン博士との共同受賞となりそうです。
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1942年に京都市で生まれた本庶博士は、父親の仕事の都合で、幼いころは山口県宇部市で育ったそうです。
小学生のころは、授業中、先生の話を聞かずに自分で教科書を読んで勉強して、宿題もその場で終わらせてしまっていたとか。
真面目なのか不真面目なのかよくわかりませんね。
好奇心のかたまりのようなこどもで、ラジオの分解や読書など、面白いと思ったことは何でもやっていたそうです。
天体望遠鏡で見た土星のリングに感動して、天文学者を志したこともあったと言います。
中学校に上がると、どんどん成果が出ることで、勉強がますます面白くなっていきました。
また、このころから高校卒業まで、ハワイ帰りの日系人の方から英語を習っていたそうです。
お医者さんだったお父さんが、将来必ず必要になるから、と勧めたのだとか。
先見の明があるお父さんだったのですね。
本庶博士もこのときに勉強をしていたことで、英語の心配をしなくてもよかったことは大変ありがたかったと言います。
医学の道に進んだのは、伝記で読んだ野口英世に惹かれたから。
野口英世のように、多くの人を助けられると思っての事だったと言います。
研究の成果は、きっとその願い通り沢山の人を救う道になるのでしょうね。
さて、ノーベル賞受賞の報は、本庶博士のもとに届くのでしょうか?
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タグ:ノーベル賞 2015
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